ぎこの観たもの聴いたもの

映画や音楽多め。あとどーでもいいひとりごち

昔バイトした教会で、牧師が泣く子をしばし眺め「子供の泣き声は天使の笑い声。祝福の声です。」と上手いこと言ってた

いやそれ、結婚式っていう非日常の儀式においてだから!!!

とはいえ、大人はみな心が緩んだよね。愚図る子の親もきっとホッとしたろうな。

 

 

耳鼻科での子供患者たちの阿鼻叫喚にはさすがにもう慣れたのだけど、それでもまあまあなストレスを感じる。でも子供や親のそれぞれの物語に注目するようになると結構楽しめる様になったのだ。叫び声にさえ耐えられれば…なんだけど。

もともと子供はとても苦手で、子供に対して非常に、というか非情なまでに不寛容な人間だった。無意味に動き回る物音を連続して立てる泣く喚くぶつかってくる笑う喋る…全部受け入れ難かった。今でもそういう気持ちはなくならない。保育の勉強をしたので成長期ごとの言動は理解しているけど、理解と受容は別物だ。更には親の対応如何でイライラ度はぐんっと上がる。

今の耳鼻科に連れてきてくれる親って、それだけでもすごいんじゃないかと思える。とにかく待たされる病院だ。2人3人の子供を連れて来るとか、会社帰りなのかそういう格好の方とか、親という生き物ならではのエネルギーを使っている。

私自身はよほどのことがないと病院に連れて行ってもらえない子供だった。兄の方が貧弱で何かと病院めぐりをして、入院ベッドで泣いたりイボを潰されて泣き叫んだり、中耳炎の耳を吸われて絶叫したり…とりあえず一緒に行ってそれを見聞きしてきた。バカだから「私もイボを潰されたい」「入院してベッドに寝たい」という願望まで持った。

バカなのでは?とお思いだろうが、その通りバカだった。兄の寝るベッドに強引にもぐりこみ、頭から落下した記憶すらバカすぎて語りたくない。

 

てことで、そんな子供時代を取り返すかのごとく、今はあっちこっちの病院へ通う羽目になってる訳だけど、この耳鼻科は本当に特別。乳飲子から疲れたサラリーマンまで、受付前に配られる整理券番号が一桁でなかったら薬を受け取るまで2時間3時間は軽く超える覚悟が必要。うっかり診察が始まってから来るとか、すでに「受付繰上げ中止」になったりする。しかも先生病弱でいきなりその日の診療なくなったりとかもある。通いにくいことこの上ないんだけど人気が衰えない。慣れるまでは本当に苦痛だったし、通院のためには半日有休にしたりなどストレスはなくならないけど、その診察システムにも一桁台の整理券ゲットへの道もだいたい気持ちやコツがつかめて来た。


さて先日のこと。ほのぼの事項が3つ連続して発生したので記録しておきたい…が、全部書ける自信がないのでちょっとその時のツイート引用で補って記録。朝の整理券配布前に並ぶところでいきなり最初の「えっ!」。心が千路に乱れつつも心ときめく。その後に続く2つも本当に素敵事項だった。

 

私の前に並んでいた赤ちゃん連れのサラリーマン風パパ

やたら小さい赤ちゃんと、なんか頼りなさげな雰囲気を醸し出すパパ。抱っこひもに入るとすっぽり頭も隠れてしまい、ひょろっとした手足だけがぷららんと見える。並ぶおばさまたちがほっとけないらしく延々と話しかけてた(笑)これ、私も外野がこんな多くなかったら月齢聞いたりいろいろ話しかけてたと思う。

それくらい「ほっとけないオーラ」がぐおおおって放出されてた。

その様子を見ていた4姉妹を連れたお母さんが…

 

 

この親子連れ5人もなかなかインパクトあった。4人の子、みんな女の子、お母さんがめっちゃかわいい!なんか素敵な親子だなぁって思うかわいらしさがあった。

パタパタとエレベーターへ向かう姿はなんかカルピス劇場観てるみたいな(時代)…

 

 そしてこの日のクライマックスがこれ! 

 

 

推定4~5歳児が赤子に「うるっさぃなぁ」と、眉間にしわを寄せて言い放った。

これもう大事件!!

 

私は音が出るほど息を吸い込んだ。しかしその一瞬の母ちゃんの行動に息は止まった。そりゃそうだ、私なら首を、一瞬とはいえ首を絞めてるかもしれん。

母親が泣く子を連れて街に出ることの最大の難関・ハードルが「子が泣く」ことだと思う。どんなに当然な理由があろうと理不尽だろうと、子は泣く。泣いてくれるなと思うほどに泣く。

この難関を知らずに育つ親子がいるだろうか。

否!あろうはずがない!!

 

 

 …ちょっとテンション上げたけど、あれだね、

どんだけ寝かしてたんだよこのネタを。いろいろ書きそうなってから何時までたってもまとまらないのでもうやめたw

<ブログはいつまでもだらだら書くもんじゃない>

 

 

日々是勉強