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ぎこの観たもの聴いたもの

映画や音楽多め。あとどーでもいいひとりごち

ミケコのこと。動物とのこと。

どうぶつ たまに考えるたりする

近所で去年くらいから時折見かけてた野良猫。

あたしが勝手に「ミケコ」と呼んでる。

 

小さくてガリガリで毛もボソボソの三毛猫で、全然人慣れもしてないけど、たまに顔を合わせると声をかけたりしてた。

 

あの様子やと多分エイズなのかなと。

あれだと冬は越せないだろうなって思ってたけど、全然健康そうにはならないけど、

この夏もなんとか乗り越えた。

 

そう、生きてる。

 

動物は自分から死のうとはしない。

そういう回路がないと言ってしまえばそうなのだろうけど、

それはとても残酷だとも思う。

 

よく野良猫がたむろしてる近所のデイケアセンターの駐車場は屋根もあるし、

たいてい誰かが餌をやってるようなトレイがいつも置かれていて

(ただし「餌をやらないでください、迷惑です」って張り紙がある)

それを食べてるんだろうなと思ってた。

なんとなくだけど。

 

 

あたしは野良猫にエサやりはしないと決めてる。

 

 

だからミケコがどんなにボロボロでも声を掛けるだけ。

気になってたまらなくても、許してくれる距離でしゃがんで、顔色や目ヤニや毛艶の悪いことをいつも確認するだけ。

 

 

そんなこと、ミケコにはどうだっていいことだと解ってて。

 

あの子に必要なのは、一時的な個人の自己満足のエサやりではなくて、

毎日のエサや以前に、捕獲・治療、そして家か外かはわからないけど幸せで不安のない環境だから。

 

 

あたしにはそれを与えることが出来ないんだから、あの子の命の責任を持てないのに、気まぐれに手を出すようなことはしないって。

 

 

 

でも8月の半ば過ぎた頃か、

ある暑い夜のミケコはいつになくあたしの顔をじっと見た。

 

そういえば近頃エサのトレイを見かけないなって思ってたし、これは「help me」のサインなの?って何度も聞いた。

 

気になって気になって、どうしようもなくなった。

ただ黙ってミケコはあたしを見てる。

 

 

 

すごくすごく悩んだけどどうしても堪らず、

ウチに帰ってから猫氏の食べない療養食に水をたっぷり入れて持って行った。

 

戻ったら、ミケコはまだそこにいて匂いに気付いて警戒しながらも近づいてきた。

 

今までにない距離。ホントにお腹が減ってたんだね。

 

 

あたしは静かに声を掛けながらトレイを置いたけど、ミケコはどうしてもダメみたいで、初めて威嚇の声を出した。

 

「どけ」って言ってる。

 

大きめに3歩くらい下がった。そこでしゃがむ。

 

3食分はたっぷりある量、お水をがぶがぶ飲みながら必死に食べてた。

猫氏の半分もない小さな体で、一生懸命に食べてた。

猫氏ならあっという間にうん飲みしちゃうけど、

当たり前だけど口も小さいしちゃんと噛んでて、

そして5分ほどでようやく完食。

 

 

満足そうに手や身体を舐めるミケコを見て、あたしは帰った。

 

 

後味は悪かった。

こんなの自己満足だ、欺瞞だ、本当の優しさじゃない、明日の夜もお腹を空かせてあたしを見たらどうするの?毎日あたしを待つようになったらどうするの?ご近所の迷惑はどうするの?って。

 

 

その後、もう一度同じような夜があった。

また同じように餌と水を与えた。

 

幸い、毎日は会わなかった。

あたしの家までの経路はや時間は日によって違うから。

 

 

でも、昨日と一昨日の朝は、本当に弱った姿だった。

今朝は一瞬死んでるのかと思ったくらい。

はっとして近づいたら、さっと立って睨んできたけど…。

 

 

家に戻って餌をやるのか考えたけど、しなかった。

だって会社に遅刻してしまうから。

 

 

あたしには出来ることと出来ないことがあるって、いろいろいろいろたくさん考えて、

出来ることはやろうと思ってたけど、

こうして何度も決断を迫られるのは本当につらい。

とてもつらい。

 

 

絶対に手を出さない、

それでミケコが死んでしまっても、それは自然なことなんだって、

逃げかもしれないけど、それは間違ってないと思ってる。

だからそれを破った自分に後悔もある。

 

 

 

近頃の盲導犬傷害の話も、ダックスの撲殺の話も本当に酷いけど、

シェルターや保健所や保護センターに来る動物たちは、同じように人間に酷い扱いを受けて来てる。

虐待してなくても持ち込むってことは「いらないから殺して」ってことだから。

 

ネットからテレビのニュースにまでなって、ひととき騒ぐ人もいたけど、もう「盲導犬」て言葉すら忘れられてるみたいだ。

 

 

あんなことは毎日毎日起こってる。

もっと酷い扱いをされている動物たちがたくさんいる。

それは日常なのに。

 

盲導犬や血統書のある犬だけじゃなく、野良猫だけじゃなく、

雑種の犬も、飼っていた猫が生んだからと持ち込まれた子猫も、

ブリーダーに子供を散々生まされて捨てられた瀕死の犬も、

多頭飼いの崩壊で腐敗した遺体の中で生き延びた犬や猫、

スーパーの前に置きざられるウサギ、

シマリスも飼ってから知ったけど、

朝鮮半島や中国で親から奪ってきた子リスが大量に運ばれてきて、たくさん死んでいく中を生き残った子がペットショップに並び、飼い方も知らない人に売り、逃がしてしまったり、死なせてしまったりする人がほとんどだということ…

 

 

密林の中の野生動物じゃない、人の街の中で多くの動物たちの命が、人によって毎日毎日傷つけられ、失われてる。

 

 

 

最近ちょっとアルバムを見返す機会があって、あたしは小さな頃からとにかくいろんな動物と写ってる写真が多い。

飼っていた鳥やハムスターだけでなく、

近所でも、旅先でも、道端の犬や猫や、

動物園、牧場、温泉でも買い物でも、

どこかに行ったら必ずなんかしら動物と接してる。

そんな写真ばかりだ。

 

 

イルカやシャチのショーを見ると号泣してしまうのは未だに自分でも分からない。

馬と触れ合ったときにも号泣してしまった。

 

 

 

どんな動物も、人と関わる以上はその関わりの中で幸せを感じてほしいと思う。

だからシェルターに来て引き取り手も里親も見つからない子でも、人間の優しさや温かい手に包まれて、命を終えることが出来てくれたらと思う。

 

酷いことをした人間は確かに許しがたいし、

同じような目に遭えばいいとも思うけど、

でもそうやって一時的に報復や憎しみを噴出させるより、今、困難に遭っている動物たちに、少しでも人の手は温かいんだよって感じて欲しいと思う。

 

動物たちのくれる優しい温もりをあたしたちが感じるように。

 

 

人が、動物と関わるなら、その命と接することの大切さを、もっとちゃんと教えていって欲しいと思う。

 

対動物だけでなく、もちろん人間もそうだけどね。

 

関わらないから考えないなんて許されない。

人は、少なくとも日本人の多くは、動物たちを食べて生きてる。

育てる人がいて、殺す人がいて、食肉として加工する人がいて、

その肉を食べて生きてるんだから。

 

 

話が広がりすぎて

何が言いたいのかわからんくなってるんだけど…(´-ω-`)

 

 

「愛犬家としてー!」とかいう人がいるのを

ものすごい違和感で見てたもんで。

 

アイスバケツ問題もすんごい違和感ありありで、

最近心がざわついて、

ミケコで心を揺さぶられて

 

 

話はバラバラなような、どこかで繋がってるような…

 

 

とにかく書いてみた

何かと不安定な更年期…

 

 

※追記20161018

ミケコは一昨年末に亡くなっています。