映画「ハウス・ジャック・ビルト」シリアルキラーの気持ちが分かっても困るけども
体力もだけど精神的に大きな疲労を抱える日だった。そのまま帰宅するか途中でこの映画を観るか、1時間ほどの電車内でうつらうつらしながら考えていた。
別に「父の日だから」とかいうのでなくて、3ヶ月に一度の判定会議だ。父の施設での状況報告を聞きつつこのままの介護プログラムで良いですか?っていう趣旨のもの。この種の施設では必須なのだ。「いい様にしていただければ」という完全お任せ態勢になれない生真面目…いや全然真面目じゃないな、その時しか母にも会ってないし。母から「これとこれとこれを聞いて。どういうことか教えて」とのリクエスト含めて正味1時間くらいケアマネージャーや介護士と対話。(父の容態に問題がある場合は契約続行についても問題が発生したりするわけだが、そういうのは都度連絡が来て経過を見て、という手順になる)
母は一人暮らしで父への見舞いを週3日もしてる。それしかすることないわけだが、なかなかの気力体力だ。小さい身体で、でっかいカートに父の着替えなどぎっちり詰め込み、バスに揺られて早朝から昼過ぎまでなんやら世話を焼いている。エライヨネ…
しかしそれが母の生きがいなので、むしろ父には生きててもらわないと母がどうなってしまうやら、というわけだ。これ以上はものすごく問題のある話をしそうなのでやめとこう。
映画の話ね。
で、結局鑑賞してきた。
実在の連続殺人犯のお話。強迫神経症で潔癖症の技師で建築家で、自称芸術家で、自称「Mr. Sophistication」(なんだよそれw)だったりと、いやもう「ザ・不穏マン」。
途中に挟み込んできたいくつかの別の映画のシーンに記憶があって、ああ同じ監督の映画かー…とか。「アンチ・クライスト」。(あと「ダンサー・イン・ザ・ダーク」とかは未見)
アマゾンプライムでホラーとかサスペンス的な括りでオススメに出て来たので観た。あー似てる似てる、構成とか画面から訴えかけてくるものとか色とか…。ホラーじゃないしサスペンスっていうでもなかった。
しかしまあいずれにしても難解で。
事件が起こって、何かが続いて変化して、という。映画なのでなんでもそういうもんだけど。事件の衝撃よりも、その何かしら続いていく問題が非常にじわじわと心に重くなる。何かって言葉に出来ない。もしかしたら人によって違うのかもしれない。
単純に猟奇殺人を繰り返す話だけど、なんかある。気がしてしまう。
犯人ジャックが潔癖症過ぎて殺人現場からなかなか去れず、現場を何度も繰り返し確認しに行く様がコントみたいだった。ほぼコント。笑ってしまう。(あとは全然空気読めないとか事態の把握が出来ない被害者たちとかにも)
さっきも「Mr. Sophistication」で思わず笑いが出たと書いたけど、実際には笑える話じゃないのにそうなるってことは、多分監督も意識してるのだろうと思う。
いかにも自己中心的で、自分の異常性が正しく崇高で、更には洗練されていると思い込んでいる精神異常者だと知らしめるシーンだ。
ちなみにカンヌ(だっけ?)で上映されて途中退席者が続出したとかスタンディングオベーションだったとか、極端な話が伝えられた。
もし退席してしまうとしたら、単純に描写がえぐくて耐えられないか、猟奇殺人なのになんだか不覚にも笑いが出てしまった自分が許せない、そんな感じだろうか?私なら後者だ。退席しないけど「不謹慎だわな」とは思う。
スタンディングオベーションはよく分かんない。「ヘレディタリー 継承者」を観た時も思ったけど、宗教的に考えるとこのエンディングは喝采に値するのだろうか。
それとももっと深い意味があるの?
「アンチクライスト」観た時は実際のところもっと意味が分かってなかった。そう考えると、宗教的な視点ならすごい単純な話なのかな。
冒頭からヴァージという老人の声とジャックの会話で5つの事件を振り返ってる。
「ヴァージって、捜査官かまたは所謂懺悔を聞く神父かな?」って思いながら、まあこの殺人劇の案内を聞きながら鑑賞してる。
※えーっと、ここからちょっとネタバレっぽくなるので読みたくない方は閉じてください(笑)
ずーっと開けられなかった冷凍庫の奥の扉が案外にもあっけなく開き、ヴァージの姿が暗闇から浮かぶのだけど、「え?待って。事件に臨場してるおじいさん誰?」ってなる。
「えー!?マジで誰?ヴァージ何?一緒にどこ行くの?」
戸惑いつつも、観てれいれば徐々に察するわけだけど。
このただただ猟奇的で異常な殺人者の姿を見せつけられた先がこれなの…?という拍子抜けではあった。このガッカリ感。スタンディングオベーションした方たちとの最大級の落差。…何が自分に足りないのだ?
あとこれは自分的なメモ。
実は、その扉があいた時のシーンは私にとってデジャビュだった。多分まったく初めての状況に決まってるのに、どこか、もしかしたら夢に見たような気分になった。
私は情緒が安定していないのか、感情の振り幅が大きく疲れる日常なのだが、最近妙に凪いでいた。それは自分でも不気味なほどに。でも扉があいてから終焉までのシーンを見ながら、その真裏に病んでた頃の衝動が隠れてるのだなと思ってしまった。
主人公が心の闇と共に破滅へと向かう中、観ている私はふわっと自分自身が何処かから飛び降りる映像が浮かんだ。実際観ている状況とは全く別の映像だった。
誰にも理解されたいと望まない、今の自分の気持ちなのかなという気がした。