ぎこ記

映画や音楽多め。あとどーでもいいひとりごち

「歌う」3 歌うこと

自分はドラマー君と同じように幼少期からピアノを習わされてました。つらくてつらくて、悲しい心象風景となるくらいにピアノはつまらないモノでした。
小学生くらいからはフォークソングに興味を持ち弾き語りをするようになり、オフコースユーミンなどが活躍した学生時代には部活やバンドでキーボードとボーカルをしました。まあ自主的にです。誰にも頼まれた記憶がありません(笑)

 

この辺りくらいまでなら、多くの方が経験されてると思います。

 

そんなに真面目に「発声方法」なんて考えずに、聴いたままを歌うっていうやつー!!

 

若さゆえの楽しい男女入り乱れたスタジオの密閉された空間の雰囲気。(なんで卑猥ww)楽しそうですよね?まあ、楽しかったかな、どうだろう。いやいや、自分にはストレスでした。男子は子供なので遊んじゃうから練習になかなかならなくて(真面目か(笑))


さて、高校卒業後はバンド活動(へなちょこ)と並行して交響楽団の合唱団に入りました。あ、かっちょ良く「交響楽団の」としましたが実態は会費も取られるアマチュアです。
会費を払っても、歌を教えていただき様々な有名ホールで、オーケストラお歌うのは気持ちが良かったし、歌う事の素晴らしさと凄さを実感した頃ですね。
ポップスをちまちまバンドで歌うのではなく、

 

盛大にオーケストラと地声で張るっていうタイバン的な何か!!(違)

 

歌う事によって血湧き肉躍る感覚!!(違)

 

 

…ここではいわゆる「シンギング・ハイ」を経験しました。練習後の帰り道は友達と通りを千鳥足で大笑いしながら帰ったんです。
「これって酔っ払いみたいだな、あシンギング・ハイってやつかな」と感じました。まだ酒酔いもピンと来ない頃です。
「ランニング・ハイ」という言葉が一時的に流行した頃なのかも?宗兄弟や瀬古選手が世界で活躍した後しばらくして一般人にもジョギングが浸透し始めた時代?(御存じの方、ハイ、昭和。ハイ、お仲間!)


ハイハイうるせぇ…

 

カラオケが流行り始めました。某時代へ突入しました。世間は湧いていたそうですが、ワタクシ超絶貧乏でバイトを掛け持ち、2年間授業料の無い某校チャリ通でした。
駅ビルの洋服屋のバイトでは、閉店シフトで一緒になると、よく店長(女性)にカラオケスナック的なところに連れて行かれました。カラオケ初体験?

 

「六本木心中」を歌い踊りながらも終電に間に合うようにコートを着てバッグを肩にかけ、"can't live~"リピートを聞きながらドアを開けて出て行った店長かっちょ良かったっす。

自分が何を歌っていたかは全然覚えていません。ご安心ください、実家の最寄駅ですので自分は徒歩で帰れました。

 

「六本木心中」に爆撃を食らうような感じでした。歌ってこんなすごいのかと。

 

(どうでもいい記憶が続きました。)

就職しても「カラオケボックス」という形に変容しながらカラオケブームは続きました。

ここで多くの若者がうっかり「歌手になろう!」な夢を描きドロップアウトしたことは言うまでもありません。
10代のバンドではだいたい上手く行かないけど、カラオケで歌うとなんと上手く聴こえることでしょう!エコーが掛かった自分の声にうっかり陶酔してしまいます。

 

技術は人を騙します。人の心をそそのかします。ひどいですね。人生を弄ばれた若者はフリーターという名のなんだか分からないものに…ぶつぶつ

おかしい、話がどんどん逸れていく

(自分はとっくにそんなものから梯子を外していましたヨ)

 

 

さて、ざざっと音楽との関りを書いた自分の人生、きちんと「習う事」ということがどこにも入っていません。

習わされた、教わった、適当にやってた、楽しかった、なんとなく覚えた…

才能がなくても若ければ多少はなんだって押し切れます。幸いなことに自分にはちょっと器用にモノマネするクセがあったし。

しかし若さはいつか失われます。もともと手にしていない技術は向上するどころか、残ることもないのです。