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ぎこの観たもの聴いたもの

映画や音楽多め。あとどーでもいいひとりごち

老いとか鬱とか性格とか、正体不明の人生疲れるものばっかり

たまに考えるたりする けっこう考える その他

事が起こってから、延々と考えながら書いていたらすっかり今さら感なエントリになってしまった…しかもどんどん長くなる…
途中折れそうになったが、気持ちの整理のために書き上げよう。
(あまり世間に晒すような話ではないのかもと言う疑問もあり、削除するかもしれない)

 

宇都宮での爆死事件、元を辿ると娘さんの精神疾患によって引き起こされたものなのかなぁと思うと心が痛む。
(他人を巻き込むような爆弾であったことが発覚した今はちょっともう話が変わってしまってるんだけどな…汗)

ネット上で「ヤバイw」という文字があふれた"仮釈放後のASKAブログ"にもかなり動揺と同情が入り混じった。(最近読んでないけどまだやってる?)

 

自分に起こっていることも整理して、他人様に迷惑を掛けないようやって行かねばならないなぁと痛感。

 

 

母親からのSOSがあって以来、毎月実家へ行くようになってもう3年近く前?

マジそんな?て思う。時の流れが分からなくなるのは、これまでとは全く違う関わり方をしてることがストレスだからだろう、タブン。

 

今は月1度は実家へ行き、母に無理に持たせたiPadで日々つまらぬ話をしながらコミュニケーションを取ることを欠かせない。それを怠るとこちらの気持ちも不安でいっぱいになる。…実際少しでも間が空くと、母からのとんでもない手紙が届いたりするのだ。(コレクションしてある。いつかネタにな…         らんか)

 

20歳で実家を出て以来、帰るのは年に数回?結婚したら年1回。数時間のみという関係が突然月1。正直言って本当にきつい。…いや別に「薄情なムスメ」ってことでも全然結構。

様々なことがあっての結果であり、家族とは多様性の何物でもない。

 

 

「荒唐無稽で、あり得ない話を笑わず否定せず、相槌を打って聞き続ける」

これがどれほど辛いことか、多分経験したことのない人には分からないと思う。あれから15年程経った今でも、その場に置かれると本当に辛いと感じる。

よく禿げてないな、自分?

 

「こんなことをするにはどれほどのコストがかかると思う?ね?何十年となると億とか?」

つい言ってしまった。

 

母は眼を丸くしてしばらく自分を見つめて「だってそうなんだもの」と言った。自分はまた似た質問を重ねてしま

母がこんな単純な事を分からないはずがない、はたと気付くのじゃないかと信じたかった。そんな簡単なことじゃないとも思いつつ、期待もしつつ…

 

…視線を泳がせた後の母の言葉は

 

 

「…知らん」

 

 

 

あ?

お、おう。

 

母は既に近所の交番や警察署、そして『まともに思い出せないけれど思い当たる犯人と思い込んでいるだけの人物』を電話帳で調べて何度か電話をかけたという、具体的に世間に迷惑をかけていた。

 

うゎぉぉぉぅ…(戦慄)

不幸中の幸いなのか、警察がなぜそこで医療機関へ連絡してくれないのか複雑な気持ちだったが、犯罪扱いになっていなかったことを思えば幸いか。

今更結果が変わるわけじゃないし。

ここまでで自分のするべきことが全く想像できず、頭の中は真っ白だった。

 

 

まず福祉関係の仕事をしている友人を頼った。

「保健所に相談してみたら?」

すぐに地域の保健所へ電話をした。

話をする内に自分が混乱し途方に暮れて泣いていた。

 

そしてアドバイス"「精神科へGO」"を実行した。嫌がる母をなだめになだめて連れて行った。

「私は病気なんかじゃないのよ!みんなそう言うけど違う!馬鹿にして!」

 

 

 

マリオ、奈落へ(ぴゅぅううううううんん)

 

解決の気配もない帰り道に、散々母は同じことを訴えた。自分が母の敵になってしまったのだと苦い苦い気持ちになった。

当時は情報がなかったのだ。まだインターネットもこれほど発達していなかった。母に一体何が起こっているのか理解も整理もできなかった。

 

今、ネット検索をすれば被害妄想に悩まされている方は数限りなく見つかる。
もし本人がうっかりネットに触れれば「同じ目に遭っている人がいる!」という間違った事象が共通してされて、

 "妄想の中の共通の悪の権化"

があたかも実在するかの様な事態にまでなってしまってる。

たいていの人は、周囲の人に何かを打ち明ければドン引きされてしまう。なんなら笑われる。

そして「自分を精神病扱いした奴」「統合失調症なんて言う奴」と周囲への怒りを発動。反動で妄想は更に肥大化し、ますます孤立して行くのだ。

 

何れにしても不用意な情報の共有はなんの効果もない。

 

 

「病気」という自覚無自覚にかかわらず、

本当に名前の付いている病気なのか、ただの思考回路や脳の一時的な誤作動なのか、誰も確かめてくれない。

 

「妄想」に怯える人たちの一番の問題はそこなのだ。公的機関も、医療機関も、科学も、誰も正解を探してくれない。

医療の世界はまだ「妄想」は全て「統合失調症と決めつけることが定石。自分の掛かっている心療内科の医師も同じ。信頼していただけに本当に悲しかった。自分の話だけで「即入院」と言った。

 

本当に統合失調症の方もいる。意外にも知り合いに相談すると「家族にいた」という話はあったし、その方達は最初こそ否定や拒否を示したものの最終的に投薬に同意したり入院したりし、自覚も可能になり自ら通院するまでに回復されていたりする。


でもそうじゃない人もいる。


母は妄想以外はきちんと自立した人間だ。 家事も人付き合いも問題なく出来る。管理能力もやたらと優れている。
引きこもることもないし、発作的に暴れたりするわけでも暴力を奮ったりするわけでもない。ただ怯えているだけだ。
その気持ちを抑えながら何十年も普通に子育てをして暮らしてきた人が、「統合失調症だから即時入院」って言われるのはどう考えてもおかしい。

 

妄想というとうすぐに「統失」と決めつける。「病気」「治療」「投薬」「入院」「隔離」…

 

母に薬は一切効かなかった。

眠りを良くするとか緊張を和らげるとかそんな薬ばかりだったため、もともと薬を飲みなれない母には強いめまいや眠気を誘発するだけで、それまでは出来ていたことが出来なくなってしまったのだ。本末転倒だ。母は最終的に薬を全て拒否した。

 


どうしてそういうことがもっと医学会で問題にならないのだろう。
これほど多くの人が怯えて暮らす世の中にあって、「精神病」から名称を変えただけで医学も対応策もなにも変わらない。
ロボトミー手術が施されないだけマシ、そんなレベルじゃないか。

 

今から半年ほど前に「妄想から意識を逸らす対応」について非常に参考になるブログに出逢った。それは医師や専門家のブログではない。医療的な側面からの話ではないのだ。

なぜこんな風に見えてしまうのかという単純な検証から入るブログは、非常に分かり易かった。うっかりするとまたそれを母に見てもらいたいと思うくらいに。
でもそれもきっと母には納得行くとも思えなかったので自分の知識に留めている。



辿り着いたのは「母の妄想を止める薬はない」「母に必要な事とは、心を許して寄り添い合える人」ということだ。

 

発見したブログにはもっとさまざま具体的な改善策があった。全てなるほどと思えた。母の状態と自分が実行可能なものを取捨選択していく。

物足りなくてもそれこそ、子供ももう自立していて別の生活をしているのだし仕方がないと思う。どちらも何かしら諦めを持たないと、気持ちが傾いてしまう。


否定でも治療でもなく、孤立して何かのきっかけで狂った歯車が暴走して妄想が肥大化していくなら、肥大を阻止するきっかけが必要なのだ。


それは人との交流だった。

 

ASKAは芸能人としてトップクラスだった。人は周囲に沢山いただろうけど、親身になってくれる人がどれほどいたろうか。家族とも本音が話せていただろうか。不安にさいなまれた時に「助けて」と素直にすがれる人がいただろうか。
話を「否定せずに聞いてくれる人」がいただろうか。

 

少なくとも、母は「子ども達に自分が必要とされている」と感じることで妄想をほとんど口にしなくなった。だが残念ながら無くなってはいない。

 

離れて暮らす時間は多分、ずっと警戒し怯えている。ますます身の回りを整理し、大事なモノを掻き集めて持ち歩くことに必死だ。その癖、天然さも持ち合わせているので網戸を開けっ放したり、ガスコンロの火を消し忘れる。

インコは逃げる、鍋は焦げる。

 


茶目っ気と言えばかわいいが、恐ろしい顔で「まだやられているのよ!」とひたすら力説されるよりいい。

(今は水槽と金魚を与えて、日々世話を頑張るように励ましている)

彼女は病気じゃない。もともとの性格と、老化による注意の散漫、失念、執着、そういったものが混在してる。


老いなくたって人間は複雑な心を持て余すものだ。
できれば恐怖を忘れてもらいたい、もっと自由になってもらいたいと思うけれど、今の自分に出来ることはこんな事だけだ。
でも娘が弱音を吐き、これまでの母への気持ち、依存、自立について、そして母が娘の自分が「手の届かないよく出来た子」と勘違いすることで孤立していたことなど、
ふたりのすれ違っていた思い込みについて修正を試みる機会になった。

 

そうすることで、お互いが親子として切り離せない存在だということ、諦めなくていい関係であることを実感してきている。

 

今、過度な期待も自制も必要ないという境地がようやく見えている様な気がする。


まだ「こうでなければ。ああしてあげなければ。」という焦りやしんどさはある。
いや多分これは母が生きている限りあると思う。

 

そしてこれらの問題に真正面から取り組んで疲弊し消耗している今の自分には

「寄り添ってくれる人」はいない。

自分もいつか母のようになるのかもしれないと、耳の不調を感じるたびに思う。

 

 

ま、その時は雪山か海に行きます、ハイwww

 

 

※追記 20161031

かなり削る作業をしたため時系列が謎になっていた…

15年ほど前に病院連行後は迷走しながらもなんとか一旦落ち着いた。

そこでまた疎遠にしてしまったため、3年前に再び大爆発を起こしての、今です。